April 20, 2009
April 15, 2009
神戸東灘 住吉だんじり祭
毎年、5月4日、5日の2日間は、神戸市東灘区にて、だんじり祭が執り行われています。
だんじり祭は、神戸にもあるんですよ♪
私が所属しているだんじり祭は、東灘区でも地区が色々とありまして、
住吉だんじりにず~っと出ていました!!
今年からは、まかない側としての裏方に回りますが、
住吉以外にも、同東灘区の御影だんじり、本山だんじり etc... があります。
年々、規模が大きくなってきおり、ギャラリーも増えて警察の交通整備、警備が厳しくなってきておりますが、見る価値は多いにアリだと思いますヨ!!! (^^)b
だんじり祭は、神戸にもあるんですよ♪
私が所属しているだんじり祭は、東灘区でも地区が色々とありまして、
住吉だんじりにず~っと出ていました!!
今年からは、まかない側としての裏方に回りますが、
住吉以外にも、同東灘区の御影だんじり、本山だんじり etc... があります。
年々、規模が大きくなってきおり、ギャラリーも増えて警察の交通整備、警備が厳しくなってきておりますが、見る価値は多いにアリだと思いますヨ!!! (^^)b
April 8, 2009
いよいよ・・・
近づいてまいりました♪
神戸 東灘住吉だんじり祭!!!
毎年、5月4・5日の2日間と神戸の住吉でだんじり祭が催されています。
だんじりは、神戸にもあるんです★
祭まで、一ヶ月切って、私もそわそわし始めてます♪
なんてったってだんじり祭大好きっ娘ですから(笑)
神戸 東灘住吉だんじり祭!!!
毎年、5月4・5日の2日間と神戸の住吉でだんじり祭が催されています。
だんじりは、神戸にもあるんです★
祭まで、一ヶ月切って、私もそわそわし始めてます♪
なんてったってだんじり祭大好きっ娘ですから(笑)
April 3, 2009
今年のお花見は・・・
残念ながら、行けずじまいになりそうです... (;O;)
予定を決めた途端、友人から 『お花見するけど来ないかぃ?』 っとのお誘いが...
でも、残念ながら行けない...。
昨年のお花見はアメリカ人の友人たちと赤穂でお花見をしたなぁ~♪
寒かったけど、楽しかったなぁ~(^^♪
でも、大好きな彼と六甲山牧場に行こうって話してるplanは絶対行くぞ!!!
4月は、牧場デート♪ 気分転換にrefreshをしに自然を満喫して、動物と戯れたい(^_-)
5月は… いちご狩りデートがしたいなぁ~♪
予定を決めた途端、友人から 『お花見するけど来ないかぃ?』 っとのお誘いが...
でも、残念ながら行けない...。
昨年のお花見はアメリカ人の友人たちと赤穂でお花見をしたなぁ~♪
寒かったけど、楽しかったなぁ~(^^♪
でも、大好きな彼と六甲山牧場に行こうって話してるplanは絶対行くぞ!!!
4月は、牧場デート♪ 気分転換にrefreshをしに自然を満喫して、動物と戯れたい(^_-)
5月は… いちご狩りデートがしたいなぁ~♪
April 1, 2009
April
今日からApril(4月)がスタート!!
私が、実家を出て、神戸に引っ越してきたのが昨年の12月。
あれからもう、3ヶ月半。
月日が経つのは本当に早いもの。。。
すっかり、こっちでの生活にも馴染んできて、充実した生活に幸せを感じています。
春の季節は気持ちのいい季節だし、オシャレもしやすいし、気分もルンルンだなぁ♪
あぁ、大好きな彼に会いたい。。。
季節を満喫できるデートを楽しみたいなぁ♪
私が、実家を出て、神戸に引っ越してきたのが昨年の12月。
あれからもう、3ヶ月半。
月日が経つのは本当に早いもの。。。
すっかり、こっちでの生活にも馴染んできて、充実した生活に幸せを感じています。
春の季節は気持ちのいい季節だし、オシャレもしやすいし、気分もルンルンだなぁ♪
あぁ、大好きな彼に会いたい。。。
季節を満喫できるデートを楽しみたいなぁ♪
March 21, 2009
あたりまえということ
私が、高校生時代の頃に出逢った先生。
先生の講話を聞かせていただいてから、私の中の何かが変わりました。
先生が執筆している一部をブログにて紹介したいと思います。
『あたりまえということ』
人は病気の時に健康のありがたさを知る。
という言葉があります。
以前、三十代の若さでガンのために亡くなったある医師が、死の直前に最愛の妻と幼い我が子に『あたりまえ』という詩を書き残しています。
あたりまえ
こんなすばらしいことを、
みんなはなぜよろこばないのでしょう
あたりまえであることを
お父さんがいる、お母さんがいる
手が二本あって、足が二本ある
行きたいところへ自分で歩いてゆける
手をのばせばなんでもとれる
音がきこえて声がでる
こんなしあわせはあるでしょうか
しかし、だれもそれをよろこばない
あたりまえだ、と笑ってすます
食事が食べられる
夜になるとちゃんと眠れ、そして又朝がくる
空気をむねいっぱいにすえる
笑える、泣ける、叫ぶこともできる
走りまわれる
みんなあたりまえのこと
こんなすばらしいことを、
みんな決してよろこばない
そのありがたさを知っているのは、
それを失くした人たちだけ
なぜなんでしょう あたりまえ
もうひと昔前になりますが、『最近の若者は、無気力、無感動、無責任の三無だ』と言われた時代がありました。
いろいろな分野で、発展を繰り広げられてきた今の社会が、その便利さと引き換えに失ってきたものがあるとするならば、それは『こころ』の部分だと思います。
目は物を見るために、耳は音を聞くためにあるのと同じように、心は自由に物事を感じ取るためにある。
という言葉があります。
人と人とが関わっているときに、『そんなあたりまえのこと、もうわかってるよ』
『どうせなにか言ったって、同じだから』と話している人はなんとなく寂しげな表情をしていると思いませんか?
『あたりまえ』という言葉や感覚に、自分の身の回りが包み込まれてしまうとき、本来自由に伸び伸びと使うことができる私たちの心も、その特性を失ってしまうのかもしれません。
ガンという病気と激しく闘っている最中でさえ、井村医師は、道端の名もない花を見ても、
どうしてこんなに美しいのだろう。
どうしてこんなに光り輝いて生きているんだろう
と思えてきて、涙が止まらなかった。
と記しています。
今、自分が『あたりまえだ』と感じていることに対して、一度じっくりと考えてみることが、与えられた生命のありがたさをもっと広く、そしてもっと深く知ることにつながっていくのだと思います。
著者:宮崎伸一郎
先生の講話を聞かせていただいてから、私の中の何かが変わりました。
先生が執筆している一部をブログにて紹介したいと思います。
『あたりまえということ』
人は病気の時に健康のありがたさを知る。
という言葉があります。
以前、三十代の若さでガンのために亡くなったある医師が、死の直前に最愛の妻と幼い我が子に『あたりまえ』という詩を書き残しています。
あたりまえ
こんなすばらしいことを、
みんなはなぜよろこばないのでしょう
あたりまえであることを
お父さんがいる、お母さんがいる
手が二本あって、足が二本ある
行きたいところへ自分で歩いてゆける
手をのばせばなんでもとれる
音がきこえて声がでる
こんなしあわせはあるでしょうか
しかし、だれもそれをよろこばない
あたりまえだ、と笑ってすます
食事が食べられる
夜になるとちゃんと眠れ、そして又朝がくる
空気をむねいっぱいにすえる
笑える、泣ける、叫ぶこともできる
走りまわれる
みんなあたりまえのこと
こんなすばらしいことを、
みんな決してよろこばない
そのありがたさを知っているのは、
それを失くした人たちだけ
なぜなんでしょう あたりまえ
もうひと昔前になりますが、『最近の若者は、無気力、無感動、無責任の三無だ』と言われた時代がありました。
いろいろな分野で、発展を繰り広げられてきた今の社会が、その便利さと引き換えに失ってきたものがあるとするならば、それは『こころ』の部分だと思います。
目は物を見るために、耳は音を聞くためにあるのと同じように、心は自由に物事を感じ取るためにある。
という言葉があります。
人と人とが関わっているときに、『そんなあたりまえのこと、もうわかってるよ』
『どうせなにか言ったって、同じだから』と話している人はなんとなく寂しげな表情をしていると思いませんか?
『あたりまえ』という言葉や感覚に、自分の身の回りが包み込まれてしまうとき、本来自由に伸び伸びと使うことができる私たちの心も、その特性を失ってしまうのかもしれません。
ガンという病気と激しく闘っている最中でさえ、井村医師は、道端の名もない花を見ても、
どうしてこんなに美しいのだろう。
どうしてこんなに光り輝いて生きているんだろう
と思えてきて、涙が止まらなかった。
と記しています。
今、自分が『あたりまえだ』と感じていることに対して、一度じっくりと考えてみることが、与えられた生命のありがたさをもっと広く、そしてもっと深く知ることにつながっていくのだと思います。
著者:宮崎伸一郎
March 20, 2009
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